《第5話 専業主婦59歳の応援歌》ユウコ登場!【第1章 秘密結社誕生】

【第1章 秘密結社誕生】

彼女は晴れ晴れしい気持ちと、それをかき消すのにじゅうぶんなほどの不安の両方を抱え、戸惑いを隠せずにいる。

決して悪い夫だったわけではない。

家族3人が生活するのにじゅうぶんなお金を稼ぎ、息子と過ごす時間もそれなりに大切にしてくれた。もちろん、浮気やギャンブル、ましてや暴力などとは無縁な人物だ。

しかし彼女は夫と離れて暮らす事を選択したのだ。

その辺りの彼女の心情については他人がどうこう言うべきではない。彼女自身もうまく説明できないことなのかもしれない。

何にしても、彼女は30年を超える専業主婦という立場に終止符を打ち、更に誰かの収入に頼ることなく生きていく道を選択したのだ。

そんな彼女の現在の心理状態を推しはかるのは難しくない。

「不安」

その一言に尽きる。

わからないことは判断してもらう。難しいことはやってもらう。

それが習慣になってしまっていた彼女にとって、自ら行動し、最終判断をくだすことが大きなストレスとなることは間違いない。

しかし何と言っても深刻なのは、お金の問題である。

★ ★ ★ ★

閉店間際のスーパーの惣菜売り場。値引きシールが貼られ、残り少なくなった商品の前で深刻な表情のひとりの女性。

彼女の名は別所寺ゆう子(ベッショジユウコ)

今年59歳になる求職中の女性である。

結婚以来30年以上専業主婦だったが、2か月前、ひとり息子が社会人になったのを機に離婚を前提に夫と別居を始め、現在は実家の母親とふたりで生活している。

妻、そして母としての生活から解放されて自由になった反面、これからの生活資金や老後の生き方については見通しがたっていない状態である。

それに加え、このところ認知症の兆候が見え始めた母親の介護のことなど、不安材料は数多い。

そんな状況の中、彼女は決断できずにいる。このまま本当に夫と離婚してもよいのか?その迷いのいちばんの原因は離婚後の生活資金である。

ユウコ
ユウコ

夫に何か決定的な不満があるわけじゃない。だから離婚の理由を聞かれてもうまく説明ができない。たとえできたとしても理解はしてもらえないかな・・ただ私は、ずっとモヤモヤしながら過ごしたこの30年間の人生を取り戻したいだけ。

夫に問題がない以上、慰謝料の請求などできるはずもなく、財産を分割するにしても思い通りになるとは限らない。そもそもたいした財産があるわけでもない。

専業主婦期間がほとんどのため、年金の受給額も決して十分ではないし、しかも受給年齢までまだ5年以上あるのだ。

ユウコ
ユウコ

仕事も探さないといけないなぁ。結婚前の仕事に戻るとしても、さすがに30年のブランクじゃ・・。やっぱり離婚なんて無謀なのかな・・?

そんなことを考えながらお惣菜売り場に立ちつくしている彼女に一人の男が声をかけてきた。

背中に大きめのリュックを背負い、丸い黒縁の眼鏡をかけた小太りの中年男性。

FPハマヲ
FPハマヲ

あのー、いかリングとタコの唐揚げでお悩みですかな?

ユウコ
ユウコ

は?な、なんですか?私は別に・・

FPハマヲ
FPハマヲ

いやー、実は私も悩んでまして、あなたがどちらかお買いになれば答えはおのずと出ますので。どちらも1個残りですからな。

ユウコ
ユウコ

いえ、私は別に・・

FPハマヲ
FPハマヲ

早くどちらかに決めてもらえるとありがたい。こうしている間に他の人に取られてしまうかもしれませんので

ユウコ
ユウコ

あの、ですから私はそんな・・

FPハマヲ
FPハマヲ

あ、もしかしたらもっと値段が下がると思って待っておられるのかな?いやいやこれ以上は無理。ここは半額以下にはなりませんから、あきらめてどちらかに・・

ユウコ
ユウコ

あのっ!ですから私はそんなことで悩んでません!いかリングもタコの唐揚げもどちらも買いませんから、どうぞお好きな方を買ってください。決められないなら両方お買いになったらいいんじゃないですか?

FPハマヲ
FPハマヲ

えー?、なんと・・、これは申し訳ない。とんだ勘違いでしたな。大変失礼をいたしました。

ユウコ
ユウコ

あ、いえ、こんなところでボーっとしていた私も悪いので・・それにちょっと心配事もあって、つい嫌な言い方をしてしまいました。

FPハマヲ
FPハマヲ

いえいえそんな。あなたは何も悪くない。心配事や悩みは誰にもあるものです。まぁ今の私の悩みはいかリングとタコ唐揚げの選択くらいですが。

ユウコ
ユウコ

ハハ、面白い方ですね。ではやはり両方お買いになるというのはいかがでしょう。半額ですし

FPハマヲ
FPハマヲ

確かに妙案ですな。問題解決です。ところであなたの心配事というのはどんなものですかな?

ユウコ
ユウコ

え?えぇまぁ、私の場合はけっこう深刻で、簡単に他人に話すようなことでもありませんし、、。

FPハマヲ
FPハマヲ

それもそうですな。また立ち入ったことを聞いてしまいました。まぁ私が相談に乗れるのはお金のことくらいですからな。

ユウコ
ユウコ

お金?・・え、あなたもしかして私を騙そうと思ってるんですか?もしかして闇金とかいうやつ?あ、それで値引きのお総菜売り場でお金に困っていそうな人を狙ってるとか?それとももしかして・・

FPハマヲ
FPハマヲ

ちょ、ちょっとお待ちください。私は決して怪しいものではありません。

ハマヲはリュックの外ポケットから名刺入れを取り出して1枚差し出した。

 

FPハマヲ
FPハマヲ

申し遅れました。私はこういうものです。

 

しばはまFP事務所

代表・ファイナンシャルプランナー

芝ハマヲ

電話:000-000-0000  メール:xxxxxx@gmail.com

 

ユウコ
ユウコ

ファイナンシャル・・、あ、ごめんなさい。保険屋さんだったんですね。FPっていうんでしたっけ。

FPハマヲ
FPハマヲ

はあ、まぁとりあえず保険屋でもいいんですが、もう少し幅広くお金全般のことを扱うのがFPの仕事です。税金や社会保障制度、不動産や相続のご相談もお受けします。

ユウコ
ユウコ

そうなんですね・・、でも私の悩みはちょっと違いますね。夫婦の問題なので。

FPハマヲ
FPハマヲ

そうでしたか。男女関係というのはたしかに専門外ですな。正直言っていちばん苦手な分野です。まあ、離婚問題となると話は別なんですが。

ユウコ
ユウコ

え?それはどうしてですか?

FPハマヲ
FPハマヲ

離婚時の問題のほとんどはお金の問題なのです。金融資産の分け方や住居の扱い。それから生涯の暮らしにかかわる年金のこと。もちろんお子さんが小さければ親権の問題も出てきますが、その点でもご夫婦それぞれの経済事情が大きくかかわります。

ユウコ
ユウコ

そういわれれば確かにそうですね・・。

FPハマヲ
FPハマヲ

もしかして・・ご夫婦の問題というのはすでにその段階ということですかな?

ユウコ
ユウコ

え、えぇ、実はすでに別居していて・・まだ届けは出していないんですけど。

FPハマヲ
FPハマヲ

まだ決心がつかないというところですかな?

ユウコ
ユウコ

いえ、私の気持ちはもう決まっているんです。ただ、おっしゃる通りお金の問題で悩んでいるところです。

ユウコ
ユウコ

自分の貯金もある程度はありますし、今は実家で母と暮らしているので家賃の心配もありません。もちろん仕事も探すつもりです。ただ、ずっと専業主婦だったせいで年金額もかなり少ないようで、老後のことを考えると・・。

FPハマヲ
FPハマヲ

なるほど、そういうことですな。財産の分け方についてはいろんな事情が関係するので何とも言えませんが、年金分割に関しては法律で定められた権利は主張できます。

ユウコ
ユウコ

年金・・分割?ってなんですか?

ハマヲはリュックの中のファイルからA4サイズの紙を取り出した。

離婚時の年金分割とは

夫婦が婚姻期間中に納付した年金は夫婦の共有財産とみなされ、離婚時にそれまで納付してきた厚生年金を夫婦双方が分割して受け取れるようにする制度。

「合意分割」と「3号分割」があります。

合意分割

婚姻期間中に夫婦両者共に厚生年金保険料を支払った記録がある場合が対象。

厚生年金受給額の少ない方が多い方に対して請求し、夫婦の合意または裁判によって分割割合を決定します。ただし、多い方の厚生年金額の2分の1が上限。

3号分割

2008年4月1日以降に専業主婦または主夫だった場合が対象。(これを国民年金保険の第3号被保険者ということからこの名称となった)

この場合は夫婦の合意は必要なく、自動的に分割割合は2分の1となる。

※合意分割にも3号分割ともに請求期限は「離婚した日から2年以内」

FPハマヲ
FPハマヲ

長い年月をかけて築いてきたものは夫婦共有のものと言えます。専業主婦は収入を得てはいませんが、働く夫を支え、家庭を守ってきたわけです。しかしそれが年金の受給額には反映されません。この不公平をなくすために、結婚していた期間中の厚生年金保険料の支払い実績を夫婦で分けあうのです。

ユウコ
ユウコ

それが年金分割なんですね。ぜんぜん知りませんでした。ねんきん定期便を見ると、受給予定金額が私と夫ではぜんぜん違います。たしかにすごく不公平だと思っていたところです

FPハマヲ
FPハマヲ

年金分割した場合の受給額を考えれば、老後の資金計画も変わって来るはずですな。

ユウコ
ユウコ

そう思います。なんだか希望が見えてきました。

FPハマヲ
FPハマヲ

それはよかったです。ところで、お金の問題が解決すれば離婚に迷いは無くなるのですかな?

ユウコ
ユウコ

それが、もうひとつ心配なことがあって・・、実は母親が認知症っぽくて、もうかなりの年齢なので仕方がないのかも知れませんが。

FPハマヲ
FPハマヲ

介護の問題ですな?

ユウコ
ユウコ

ええ、そうなんです。母の介護が必要になったら仕事もしていられないかも知れないし・・、あ、こんなことまでお話ししてしまって、すみません。

FPハマヲ
FPハマヲ

いえいえ、介護の問題もFPの仕事の範囲内ですから。

ユウコ
ユウコ

え?そうなんですか?そんなことまで。

FPハマヲ
FPハマヲ

はい。介護保険も社会保証制度のひとつです。今や親の介護は誰にとっても他人事ではありません。ところが制度を詳しく理解している人はたいへん少ないのです。

ユウコ
ユウコ

そうなんですね。FPさんて、なんだかいろいろとご相談できそうですね・・、でも、相談料とかけっこうかかりそうですね。

FPハマヲ
FPハマヲ

ええ、まぁ。あ、もしよければ、これに参加していただけませんか?そうすれば無料でご相談にのれるのですが。

ハマヲはファイルから別の用紙を取り出した。

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有能なファイナンシャルプランナーがあなたを全力で応援します!

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●年齢:55歳~65歳(あくまでも目安です・応相談)
●まじめで勤勉な方
●人生が思うようにいってない方
●これからの生活に不安を感じている方
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ご応募お待ちしております!

詳細は下記までお問い合わせください。

しばはまFP事務所

電話:000-000-0000  メール:xxxxxx@gmail.com

ユウコ
ユウコ

あら、ほんとですか?ぜひ参加したいです。

FPハマヲ
FPハマヲ

あ、あれ?あのー、このチラシ怪しくないですか?

ユウコ
ユウコ

もちろん怪しいですよ。詐欺のにおいが漂ってますもの。でも、この人生大逆転というところがとても気に入りましたから。それにあなたはどう見ても悪人には見えませんし。

FPハマヲ
FPハマヲ

はあ、それはどうも。でもなんだか調子が狂いますな。このチラシかなり評判が悪いもので。

ユウコ
ユウコ

それは想像つきます。でも私はあなたを信じます。今までずっと、大事なことは夫に決めてもらって、自分で判断することはあまりなかったんです。でもこれからは、自分で決めて自分から行動しなければならないですから。

FPハマヲ
FPハマヲ

なるほど、それは素晴らしい覚悟だと思います。そしてすでにそれを実行されている。

ユウコ
ユウコ

あなたと話していて、ずっとモヤモヤしていたものが晴れた感じです。この逆転プロジェクトからスタートします。私の人生のリベンジです。

FPハマヲ
FPハマヲ

ほう、リベンジですか・・。実はこのプロジェクト、タイトルがまだ決まっていなかったのですが、今のあなたの言葉でいいのを思いつきました。

ユウコ
ユウコ

あら、どんなタイトルですか?

FPハマヲ
FPハマヲ

まぁそれは、メンバーが全員集まったところで発表したいと思います。

ユウコ
ユウコ

それは楽しみですね。それで、とりあえず私はどうすれば・・、あ、蛍の光が流れてます。もう閉店時間みたいですね。

FPハマヲ
FPハマヲ

えぇそのようで・・あー!いつの間にかイカもタコも無くなってるじゃありませんか!

ユウコ
ユウコ

あ、そう言えば、さっきサラリーマン風の人が両方とも持って行きましたけど。

FPハマヲ
FPハマヲ

そ、そんな・・。

ユウコ
ユウコ

すみません、なんか私のせいで・・。

FPハマヲ
FPハマヲ

いやいや、あなたのせいではありません。仕方がないのでその竹輪の磯辺揚げにします。あなたも何かお買いになるなら早くしないと。

ユウコ
ユウコ

あ、私が見ていたのはお惣菜じゃなくてその貼り紙です。パート募集の。

FPハマヲ
FPハマヲ

なるほど、すでにリベンジがスタートしていたわけですな。とりあえず一度、私の事務所にお越し下さい。プロジェクトの詳細をご説明しますので。都合のよい時にご連絡下さい。

そう言って竹輪の磯辺揚げを買い物かごに入れてレジに向かうハマヲの後ろ姿を見送りながら、彼女は曇り空が晴れたような気分でいた。そしてひとつ残っていた竹輪の磯辺揚げをカゴに入れてお会計に向かった。

蛍の光が応援歌のように心に響いた。

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