自営業を始めた日、私は失うものへの思いは何もなかった。
毎月決まった給料日、ボーナス、有給休暇、社会保険・・・。
自分の店を持つという夢の前では、すべてが霞んで見えたのです。
会社員という立場や、会社から与えられた肩書きを捨てることにも一切の迷いはありませんでした。
そしてあの日から15年・・、私は再び会社員になった。
もう一度手にしてから気づいた会社員という立場が持つ「安心」の重さ。
自営業の現実を痛いほど味わった今だからこそ、正直に伝えたいと思います。
会社員を辞めて自営業を選んだ日
あったのは自由と夢への期待だけ。
35歳のとき、とある観光地で飲食店を始めました。
「自分の店を持つことへの憧れ」
「誰にも指図されない自由」
「努力が直接結果につながる充実感」
それだけを信じて、会社員という安定した立場を手放したのです。
あの時は、会社員の利点など考えもしませんでした。
収入の安定、充実した社会保険、退職金・・・
「自営業で成功すれば、そんなものは必要ない」と思い込んでいたのです。

自分に自信があり、夢に夢中になっていたあの頃、会社員の利点など頭の片隅にもなかったのはごく自然のことなのかもしれません。
自営業15年でわかった現実
会社員と自営業、どちらがいいか・・・
そんなテーマではいろいろな意見が交わされますが、もちろん正解はありません。
ただひとつ確実なことは、
もしも自営業での業績があまり振るわなかった場合・・
その老後は経済的に相当厳しい状況に置かれるということです。
自営業の老後が「悲惨」と言われる理由
自営業者の老後が厳しい理由は、
一言で言えば「老後資金の3本柱がない」からです。
一般的に老後資金の3本柱と言われる「貯金・年金・退職金」のうち、自営業者は年金が少なく、退職金がなく、貯金の余裕もない場合が多い。
これが現実です。
- 貯金:資金繰りに追われ、貯蓄にまわす余裕がない
- 年金:国民年金のみで受給額が少ない
- 退職金:そもそも存在しない
国民年金のみで生きていけるか
国民年金の満額は年間約816,000円(2024年度)。月にすれば約68,000円。
これで生活費のすべてをまかなうことは、現実的に難しいでしょう。
しかも未納や免除の期間があれば、この満額すら受け取れません。
私自身、自営業時代の年金放置がそのまま受給見込み額に反映されてしまいました。
関連記事➡自営業15年、年金を放置した私の後悔と、そこからの逆転策
私が経験した失敗の数々
自営業時代、お金に関する失敗は年金だけではありません。
軽い気持ちで手を出したカードローン、言われるがままに入り続けた民間保険、経費計上の見落とし・・・すべて「知らなかっただけ」で起きた失敗でした。
関連記事➡カードローン体験談
関連記事➡貯蓄型保険解約の失敗
50歳で会社員に戻った日
決断と新たな選択肢
50歳のとき、自営の飲食店を廃業しました。
15年間続けてきましたが、老後の生活資金のめどが立たないまま年齢を重ね・・・
「このままでは終われない。逆転を夢見て可能性に賭けるべき」
「惰性的に続けていても希望はない。そろそろ見切りをつけるべきかもしれない」
というふたつの思いが交錯し、迷い考えた末の決断でした。
しかしこの決断の先には新たな課題が待ち構えていました。
「今の自分に、就職に活かせるスキルはあるのか?」
自営で店舗の運営をするためには幅広いスキルが求めれます。
集客・顧客管理・コスト管理・スタッフの育成・財務経理などなど。そして飲食店の場合は、調理技術・接客技術・食材の知識・メニュー開発・衛生管理なども必須です。
そう考えると、どんな業界、どんな職種でも通用しそうな気がしますが、社会はそれほど甘くはありません。
そこには年齢の壁が立ちはだかります。
必死の就職活動の中で現実を知った私は、即戦力として認めてもらえる調理スキルを活かし、調理師として会社員に戻ったのです。
個人事業主から会社員への転職は難しいか?
自営業経験者の就職は難しいと思っている方もいるかもしれません。
それはある意味では事実ですが、決して悲観的になる必要はありません。
「元自営業者は使いづらい」という雇用する側の感覚もわからなくもないですし、もちろん年齢的なハードルも感じるでしょう。
しかし私は50歳で、調理師という専門スキルを活かして就職できました。
それは、即戦力となれる調理技術に加え、自営業で培った経験を正しくアピールすることに徹底したからだと思います。

自営業経験者の転職で重要なのは「自営業をやめた理由」をどう説明するかです。失敗を正直に認めた上で「だからこそ安定した環境で貢献したい」という前向きな姿勢が評価されます。
戻って初めて気づいた「安心」の正体
会社員に戻って最初に感じたのは、奇妙な安堵感でした。
毎月決まった給料日。手厚い社会保険。有給休暇。
どれも、自営業時代には「そんなものは必要ない」と思っていたものです。
一度手放したものを再び手に入れたとき、あらためてその重さや安心感を実感しました。
それと同時に、自営業時代の無防備さを振り返り、ゾッとする感覚さえ覚えたのです。
「大きなけがや病気がなかったよかったものの、もしも何かあったら今頃どんなことになっていたのか・・」
会社員だけが持つ「安心材料」を知っていますか?
自営業者が見落としがちな、会社員が持つ安心材料を整理してみましょう。
- 傷病手当金
- 介護休業給付
- 労災保険
- 雇用保険
- 社会的信用
自営業を始めるとき、私はこれらを真剣に考えませんでした。
ぜひ、今の自分の状況と比べてみてください。
- 会社員(健康保険):病気やケガで働けない場合、給与の約3分の2が最長1年6ヶ月支給される
- 自営業(国民健康保険):傷病手当金はない。働けなければ収入はゼロ。
- 会社員(雇用保険):家族の介護のために休業した場合、休業開始前の賃金の約67%が支給される
- 自営業:介護休業給付はない。介護のために休めば、その分収入が減る。
- 会社員:仕事中の怪我や病気は労災保険で補償される。治療費は全額カバー。
- 自営業:原則として労災保険の対象外。任意加入の特別加入制度はあるが、加入していない人が多い。
会社員:金融機関や不動産会社からの信用度が高く、住宅や車のローン、賃貸契約の審査に有利。
自営業:一般的に信用度は低く、審査に通りづらかったり保証人が必要になる場合がある。

自営業者でも確定申告書を3年分提出することで審査が通りやすくなる場合があります。ただし収入が不安定だと判断されると、会社員より不利になることは否めません。
老後資金の観点から見た、会社員の価値
自営業者は収入が不安定とはいえ、ある程度の利益を上げ続けることで生活を維持すことは可能です。
しかし問題は、自分が働けなくなった時です。
若い時の病気やケガはもちろんですが、忘れてはいけないのが「人間は必ず老いる」という事実です。
そして私たちは、年をとって働けなくなった後も生きていかなくてはなりません。
厚生年金の報酬比例部分と経過的加算
日本の年金制度はとても複雑で概要を理解することすら困難ですから、ここでは自営業にはない厚生年金の利点と、60歳を過ぎてからの特別な制度についてだけまとめます。
- 厚生年金は二階建て:会社員が加入する厚生年金は、国民年金に上乗せされる形で支給されます。
- 報酬比例部分:給与と加入期間に応じて計算され、長く働くほど受給額が増える仕組みです。
- 経過的加算:60歳以降も働き続けた場合に加算され、給与額に関わらず一律に増える。
これらは国民年金だけの自営業時代には得られなかった、
会社員ならではの年金の厚みを感じる制度です。
労使折半の保険料負担という恩恵
厚生年金の保険料は、会社と従業員が半分ずつ負担します。
つまり、
同じ将来の年金額を得るための負担が、会社員の方が実質的には少ないことになります。
自営業者が国民年金保険料を全額自己負担するのとは大きな違いで、これも会社員だけに与えられた隠れた恩恵です。
繰り下げ受給との組み合わせで年金を増やす
老齢年金の受給には「繰り下げ」という制度があり、70歳まで受給開始を遅らせると42%、最長75歳まで遅らせると84%の増額になる仕組みです。
これは自営業者が加入する国民年金でも同じですが、安定した収入があるからこそ、繰り下げの選択が現実的になるといえます。

また、会社員として厚生年金に加入しながら働き続けることで、計算の基礎となる受給額を効率よく増やすことができます。ここに繰り下げ受給を組み合わせると、受給額を大幅に増やすことができるのです。
関連記事➡自営業15年、年金を放置した私の後悔と、そこからの逆転策
「このままでは終われない」と思っているあなたへ
一度始めた自営業。それも長く続ければ続けるほど、廃業するタイミングは難しくなるものです。
今までの努力や苦労、費やしてきた時間を意味のないものにしてしまうようで、決断は容易ではありません。
一発逆転より、安定した土台の上で戦う
「このままでは終われない」という気持ちはよくわかります。私も同じでしたから。
でもその感情が冷静な判断を妨げるという側面もあります。
- 一発逆転を狙って不安定な状況を続け、行けるところまで行ったみる?
- いったん状況をリセットして安定した土台の上でじっくり人生の戦略を練る?
どちらが正解かはわかりませんが、私は後者を選び、結果的に近道になったと感じています。
会社員をしながら夢を追う選択肢
自営業を始める誰もが、夢を追い成功を目指して出発します。自分が失敗することなど想像もせずに。
しかし多くの人が事業の継続すら間々ならなくなるのが現実なのです。
自営業を廃業して会社員になることは、夢を諦めることではないと思います。安定した収入を確保しながら、副業を試してみたり、自分のやりたいことの準備に取り組むこともできます。
そのバランスが、精神的な余裕を生み、長期的な人生戦略を可能にするともいえます。
自営業 老後5000万は本当に必要か
サラリーマン家庭をモデルケースにした場合の老後資金をめぐる「老後資金2000万円問題」が大きな話題になりました。
老後に必要なお金から平均的な年金受給額を差し引くと2000万円足りない。
これを自営業者の場合に置き換えると「老後5000万円が必要」という数字になるとのことです。
これは単純に、受給する年金額の違いによって起こる問題なのです。
しかしこの数字に圧倒される必要はありません。大切なのは自分の状況を正確に把握した上で、今からできることを一つずつ積み上げることです。
そのひとつが、
会社員として厚生年金に加入して年金受給額を増やし、そのうえで繰り下げ受給を目指すことです。
それだけでも、老後の見通しを大きく変えるには、今日の地道な一歩が重要なのです。

老後資金の必要額は人によって大きく異なります。まず「ねんきん定期便」で自分の受給見込み額を確認し、月々の生活費との差額を計算するところから始めてください。
まとめ
自営業での成功をあきらめて会社員になることは、負けではありません。
私が自ら体験して感じた率直な気持ちです。
傷病手当金、雇用保険、厚生年金・・・
自営業を始める前の会社員の時代には、それを持っていることすら意識しませんでした。
自営業者という不安定な状況下に長い間身を置いたあと、再度それを手にしたときにはじめてその価値を実感したのです。
「このままでは終われない」と思っているなら、一度立ち止まって考えてほしい。
安定した土台の上で戦う方が、遠回りに見えて、実は近道かもしれません。
私の経験が、あなたの選択の参考になれば嬉しいです。