「過去に戻る」ストーリーにはとても夢がある。
主人公は不遇な人生のリベンジを試みたり、死んでしまった恋人を生き返らせようと奔走する。
「あの頃に時間を戻せたなら、今度は違う選択をするのに・・」
しかし実際には時を戻すことはできない。タイムマシーンは夢物語なのです。
いや、もしかしたらタイムマシーンの製造は秘かに実現していて、ごく限られた特別な人間たちは既に時間旅行を楽しんでいるのかもしれない。
だとしても、それは私たち一般人には関係のない話。やはり私たちには過去を変えることで現在を違うものにすることは不可能なのです。
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しかしもしも、苦心して過去に戻らなくても今を劇的に変える方法があるとしたらどうだろう?
とある街の路地裏の、うらぶれたカフェの地下室にある秘密の場所で、今まさにひとりの男がその「裏技的タイムトラベル」について語ろうとしていた。

このプロジェクトの参加者には、まず初めに「タイムトラベラー」になっていただきます。そして・・過去を変えるのです。
その場にいくつかの?マークが浮かんだが、みんな黙って話の続きを待った。

だれにも、過去のあの日あの時に戻りたいと思ったことがあるはずです。
それはなぜか?思い出深いあの日のあの場面にもう一度身を置いてみたい・・そんな感傷的な動機もあるかもしれません。
しかしほとんどの場合は「あの日に戻ってもう一度やり直したい」という切実な思いによるものでしょう。
みなさんにも心当たりがあるのではないですかな?

そうですね、私の場合なんといっても、会社を辞めて自分で店を始めたところですね。あそこからやり直せたら人生は大きく変わっていたかもしれない。

私はその逆というか・・、実は私も若いころ企業を考えたことがあるんです。世の中も景気が良くて私も元気いっぱいでしたから。
でも結局は決心がつかなくて会社員をつづけて、今こんな感じです。あまり面白い人生じゃなかったと。だからあの日に戻れれば・・なんて思うこともあります。
でもサトルさんの話を聞いて、そういう後悔をする可能性もあったのかとも思うので、なんだか複雑ですね。

あ、誤解しないでほしいんですけど、私は店を始めたこと自体を後悔しているわけではないんですよ。その・・あのときは勢いだけで無計画に始めてしまったので、もっとちゃんと準備をするべきだったと、そういう意味なんです。

私の場合はおふたりみたいに人生を変えるような大きな局面じゃなくて・・、お恥ずかしい話、あの頃クレジットカードを作ったことがいちばんの後悔ですね。それも何枚も。
仕事も順調でやりがいもあるし、結婚しなかったことは、まあ、結局自分にはその方がよかったような気もするし。
だから物欲に勝てずにカードで買い物しまくったあの頃、その辺りから何かが狂い始めた感じがするんです。

あ、それすごくわかります。私たち学生の頃ちょうどデザイナーズブランドブームで、バカ高い服を24回払いとかで買っちゃってましたよね。
その頃からですよね。分割払いがあたりまえになったのって。私だって危ないところでしたよ。

そうなんです。この前ハマヲ先生から、分割払いとかリボ払いの手数料のこと言われて、かなりショックでした。
もちろん、ある程度の利息を払ってるのはわかってましたけど、具体的な数字を聞いてゾッとしました。
ところでケンタロウさんはどうしてハマらなかったんですか?私みたいに。

ん〜、なんか嫌な感じに聞こえたら困るんですが、私はけっこう怖がりというか、心配性というか・・、よくいえば用心深いほうなんです。だからその時は困ったことにはならなかったんだと思う。
でも結局今では、住宅ローンに車のローン、金額の大きい借金がけっこうあるんですけどね。

用心深いことはもちろん悪いことではありません。しかしケンタロウさんはその心配性のせいで、はっきりいって保険貧乏になっているわけですな。

保険貧乏?・・保険に入りすぎてるってことですよね。そんなに入ってるんですか?保険。

ええ、まあけっこう・・、この前ハマヲ先生に言われて自分でも整理してみたんだけど、これほんとに必要?っていう保険もけっこうあって、それで思ったんです。自分では用心深いつもりでいたけど、逆にそこに付け込まれてカモにされてたのかって。なんだか悔しかったですね。

たしかに、世間には人の弱みや欲望につけ込んでお金を出させようとする人間が山ほどおりますからな。賢くならなければ、いくら稼いでも無駄なお金がでて行くばかりです。

まったくその通りですね。だから私は若い頃に戻って世の中のことをちゃんと勉強し直したいですね。

私は・・ん〜、そうですね。今みなさんのお話を聞きながら考えていたんですけど、いつの自分に戻りたいかなって・・、でも思ったんです。どこまで戻ったとしても、結局同じことをするんじゃないかなって。
もちろん、今の自分の知識を持ったまま戻れるなら話は違いますけど、そういうことじゃないですものね。

あ、そっか。そういうことじゃないのか・・、そうしたらユウコさんの言う通りですね。きっと私も同じ選択をしちゃう・・かな。

そうするとハマヲ先生の質問は意味がなくなってしまいますね。
でもタイムトラベルの物語では、今の自分のまま過去に戻りますよね。そもそもそうじゃないと話にならない。過去を変えることで未来を変えようとする。だから面白い。

そうそう。「バックトゥザフューチャー」とかすごく面白かった。

ええ、ほんとにおもしろい映画でしたね。でもなんだかモヤモヤする気持ちもありました。過去が変わって未来が変わる・・みたいなことって、けっこう混乱するっていうか・・。

ああ、タイムパラドクスっていうんでしたっけ?えっ、これってなんかおかしくない?みたいなことがけっこうあるんですよね。

ほんとにそうですよね。だからもし今の自分のまま過去なんかに戻れたら・・、そんなこと大勢の人ができちゃったら世界は大混乱になっちゃうでしょうね。未来がコロコロ変わって、そのことでさらに未来が変わって・・みたいな。

あれ、結局なんの話でしたっけ?

やはりこういう話は盛り上がりますな。
過去にもどれるとしたら・・という質問でしたが、みなさんもうすうす感づいているように、過去に戻ることはできないのです。
いや、仮に戻れたとしても過去の自分を変えることはできないわけですから、意味はありません。

ではさっきの、タイムトラベラーになるというのはいったいどういう意味でしょうか?

過去には戻れなくとも、過去を振り返ることは大変意味のあることなのです。
人はほとんどのことを失敗から学ぶとも言われますからな。
だから失敗することの重要性についての名言も数多い。

つまずいたっていいじゃないか、人間だもの・・あ、これあいだみつをさんです。でも、これはちょっと違いますかね。

そんなことはありません。失敗から学ぶためには、まずその失敗を受け入れなければならんのです。
失敗を隠したり誤魔化したり、ましてや他人や社会のせいにしていては、学ぶことはできませんからな。

つまりタイムトラベルというのは素直に過去の自分、特に失敗した自分に向き合うという意味なんですね。

それもあります。しかしもっと重要なのは発想の転換ですな。
おそらくみなさんは、過去の自分が現在の自分を作っていると考えていると思います。あの時ああしたから今こんなことになってる、あそこで違う選択をしていたらこんなことにはならなかった、とか。
つまり、原因である過去に責任を押し付けて現在の不本意な自分を受け入れているのです。
しかしそれでは前に進めません。現在は未来のためにあるのです。

あ、それってもしかしてアドラーですか?

そうです。アドラー心理学のひとつのテーマである「目的論」ですな。

さすがサトルさん、自己啓発マニアですね・・で、その「目的論」って?

人の考えや行動には必ず目的がある。
たとえば過去トラウマのために何かの行動を起こせない時、それは過去のトラウマが「原因」なのではなくて、行動したくないという「目的」を達成するために過去のトラウマを利用しているに過ぎない・・というようなことです。
逆に行動するという「目的」を持てば、過去を「原因」にする必要もなくなるわけです。

あー、難しい・・、なんだかタイムパラドックス並みにややこしいんですけど。

要するに、未来に「目的」をもって現在を生きるということですな。結局のところ、過去を「原因」にして悔やむのは、現在に満足していないからではないですかな?
今現在を満足できるものにできれば、自然と過去を悔やむこともなくなることでしょう。

なるほど!それがタイムトラベラーになって過去を変えるって意味なんですね?
そして最初にその話をしたのは、このプロジェクトにとってそれが重要だということですね?

そのとおりです。これから皆さんの前には巨大な魔物が現れます。
そいつはあらゆる手段で行く手を阻み、前進の邪魔をしてくるでしょう。
その魔物を打ち負かすには明確な「目的」がなければならんのです。

ま、魔物・・ですか?

その魔物の話をする前に「波平さんの年齢」の話をしなければなりません。
全員があっけにとられながら、それぞれの頭に魔物と化した磯野波平の姿を思い浮かべていた。
次回・第8話 「手遅れ感を撃退せよ!」につづく
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