《第1話 定年をめぐる冒険》キンイチ登場!【第1章 秘密結社誕生】

定年退職

彼はいま直面している決断を前に答えを出せずに迷いの中にいる。

考えてみたら、もう長いあいだ大事なことを最後まで自分の考えで決めることなど無かった。

彼はそのことを悔しく思ってはきたが、仮にその決定権を自分が持っていたとして、果たしてその責任に耐えられただろうか。

彼にだってそんな自信はない。

そんな彼が今、まさに最終決定を迫られている。

『担々麺にするか辛いネギがのった味噌ラーメンにするか・・』

いやいや、そんな話ではない。

そんな迷いならどんなによいだろう。

良くも悪くも、最後の最後で迷ったら誰かが決めてくれるというそんな状態に慣れてしまった彼は今、決められずにいる。

どの道を選ぶのがベストなのかを。彼自身のために、そして家族のために。

★ ★ ★ ★

大きな川にかかる橋の上からボンヤリと流れを見つめるひとりの男。

彼の名は長居勤一(ナガイキンイチ)

あと1年で60歳の定年を迎えるごく普通の会社員である。

一度の転職をへて現在の会社に勤めて35年。家族は妻と長男長女。長男はすでに社会に出て一人暮らしをしているので、現在は妻と大学二年生の長女との3人暮らしである。

30歳の時に建てた自宅のローン完済まではあと数年。退職金を返済に当てれば一気に完済も可能だが、そろそろ必要になるリフォームの費用や娘の学費を考えると、退職金の使い方にも慎重にならなければならない。

そんな状況の中、今一番の悩みは間もなく迎える定年後の働き方だ。

キンタ
キンイチ

いま勤めている会社で再雇用してもらうことできるけど、給与がかなり減るのは目に見えている。とはいえこの歳で新しい会社に再就職するというのも・・なんだかすごく大変そうだなー。

定年退職が視野に入ってきた数年前からその後の働き方についてはずっと考えてきた。しかしまだ時間はあるし・・という感じで先送りし、気づけば定年まであと一年たらずとなってしまった。

そして今、通勤帰りの橋の上から川面を眺めながら考えているのである。

キンタ
キンイチ

去年再雇用になった先輩の話では給料が半分近くまで下がったらしい。住宅ローンもまだ残ってるし、娘はまだ大学生だから、それは困るな―。

 

かといって他の会社を探すのもなー・・この歳だし・・特別な技術もないし・・そもそも高い給料もらえる保証はないし・・また人間関係作ったりとか考えたら気が重いし・・。

そこへひとりの男が通りかかる。ちょっと太めの体を揺さぶりながら小走りで・・と言うよりほぼ歩いている。背中に大きめのリュックを背負い、耳には時代遅れのコード付きイヤホン。丸い黒縁の眼鏡をかけた中年の男である。

彼は橋の上から川を見ているキンイチに気づくと、イヤホンを外し慌てて駆け寄った。

FPハマヲ
FPハマヲ

お若いの!はやまっちゃいけねー、死んでハナミが咲くものか!

キンタ
キンイチ

なんですかあなた?びっくりさせないでください!落ちたらどうするんだ!

FPハマヲ
FPハマヲ

えっ?あー、これはどうも失礼!深刻そうな顔で下のほうを見つめてるからてっきり・・

キンタ
キンイチ

はーっ?私は死んだりしませんよ。川を見てる人間がみんな飛び込んでたら大騒ぎでしょ。そんなの阪神が優勝した時くらいですよ。・・それに今あなた、「お若いの」って言ってましたけど、私はもうすぐ還暦ですから。

FPハマヲ
FPハマヲ

あー・・そう言われればそうですね、あなたはちっとも若くない・・いや実はね、今ずっと「文七元結」を聴いてまして。

キンタ
キンイチ

ぶんしち・・?もっと?

FPハマヲ
FPハマヲ
あ、落語ですよ。有名な人情ばなし。知りませんか?文七って若い男が橋から身投げしようとして・・
キンタ
キンイチ

いやいや、落語とかよくわからないですね。ジュゲムジュゲム・・みたいなやつですよね。

FPハマヲ
FPハマpたな

あー、あの話もなかなか良くできてますな。単なるバカ親の面白い話と誤解してる人も多いようですが、あれは子に対する親の深い愛情がテーマなんです。そもそもどうしてあんな長い名前を・・

キンタ
キンイチ

ちょっとストップ!落語の話はともかく、とにかく私は飛び降りたりしませんよ。そりゃ悩みのひとつやふたつはありますけど、死ぬほどのことじゃない。完全にあなたの思い違いですよ。

FPハマヲ
FPハマヲ

これはたいへん失礼しましたな。私はてっきり・・。

キンタ
キンイチ

まさかあなた、川を見てる人間に片っ端から声をかけてるわけじゃないでしょうね。

FPハマヲ
FPハマヲ

もちろんそんなことありません。ただ・・深刻な悩みを抱えている人は何となくわかるんです。職業柄というか何というか・・。

キンタ
キンイチ

職業柄?あなたはたはいったい何者なんです?

ハマヲはリュックの外ポケットから名刺入れを取り出して1枚差し出した。

FPハマヲ
FPハマヲ

申し遅れました。私はこういうものです。

しばはまFP事務所

代表・ファイナンシャルプランナー

芝ハマヲ

電話:000-000-0000  メール:xxxxxx@gmail.com

キンタ
キンイチ

ファイナンシャル・・あー知ってますよ、保険屋さんですよね。

FPハマヲ
FPハマヲ

んー、まあ保険なんかも関係ありますが他にもいろいろと。お金に関することならなんでも相談にのるのが私の仕事です。

キンタ
キンイチ

へー、何でも?・・あ、分かった!これ詐欺でしょ。困った人を見つけて助けるふりして騙したりして・・そう、人助け詐欺。

FPハマヲ
FPハマヲ

人聞きの悪いこと言わんでください。私がそんな悪人に見えますか?まぁ勘違いして驚かせてしまった私が悪いのは確かですが・・ほんとに怪しいものではないのです。

キンタ
キンイチ

いやいや、詐欺というのは冗談ですよ。たしかにあなたは悪い人には見えない。

FPハマヲ
FPハマヲ

それはよかった・・とにかく驚かせてしまって申し訳ない。

キンタ
キンイチ

べつにもういいですよ。誤解が解けたなら。でも・・そんなに深刻そうに見えたんですか?私。

FPハマヲ
FPハマヲ

ええ、まぁそうですな・・あ、どうでしょう、お詫びのシルシに何かお困りのことがあれば相談に乗りますが。もちろん無料で。

キンタ
キンイチ

無料?・・あ、もしかしてあなた、あのドーンの人ですか?「決してお代はいただきません」っていう・・

FPハマヲ
FPハマヲ

やれやれ、私は喪黒福造でもありません。体型はややそちら寄りですが・・。

キンタ
キンイチ

はは、冗談ですよ。私の悩みですか・・でもあなたに相談したところで、どうにかなるとは思いませんが。

FPハマヲ
FPハマヲ

そうかもしれませんが、誰かに話すだけで少し気が楽になることもありますからな。

キンタ
キンイチ

まぁたしかに・・。今の私の一番の悩みは定年退職のことです。

キンイチは定年退職後の働き方で悩んでいる現在の状況を打ち明けた。

キンタ
キンイチ

でもこんなことはあなたの専門外ですよね。

 

FPハマヲ
FPハマヲ

いやいや何をおっしゃる。定年退職はまさに私の専門ど真ん中です。

キンタ
キンイチ

え?そうなんですか?

FPハマヲ
FPハマヲ

ファイナンシャルプランナーは、言わばお金の専門家です。あなたが悩んでいるのは退職後の働き方とのことですが、よーく考えてみてください。それは結局はお金の問題ではないですか?

キンタ
キンイチ

んー、確かにそうです。お金のことを考えなければ、それほど悩む事ではないような気がしますから。

FPハマヲ
FPハマヲ

でしょうな。つまり定年退職をめぐる問題のほとんどはお金の問題なのです。

 

定年退職はお金に大きく関係する→多くの人はお金の問題で悩んでいる→だからあなたは定年退職のことでで悩んでいる。

 

簡単な三段論法ですな。

キンタ
キンタイチ

なるほど・・なんか説得力がありますね。

ハマヲはリュックの中のファイルからA4サイズの紙を取り出した。

FPハマヲ
FPハマヲ

これは定年退職にまつわるお金の話をまとめたものです。

《定年退職に関係するお金の問題》一覧

⚫︎再雇用で収入はどれくらい減る?
⚫︎収入が減ったときにもらえる給付金とは?
⚫︎定年退職でも失業保険はもらえる?
⚫︎再就職した時に雇用保険からもらえる給付金とは?
⚫︎65歳を境に失業保険はどう変わる?
⚫︎定年退職後の健康保険料の3つの選択肢とは?
⚫︎退職金にはどれくらいの税金がかかる?
⚫︎退職金の資産運用でやってはいけないことは?

FPハマヲ
FPハマヲ

ざっと考えただけでもこのくらいの項目があるのです。さらに細かく見るともっと多くなるわけですわ。

キンイチは感心してその内容に真剣に目を通した。

キンタ
キンイチ

これは驚きました。再雇用で給料がかなり下がることは知ってましたけど、給付金のことなんてぜんぜん。それに退職金の使い道はあれこれ悩んでいましたが、税金のことは考えたこともなかった。

FPハマヲ
FPハマヲ

定年退職では失業保険はもらえないと思ている人も多い。ましてやその他の給付金などほとんど知らないのです。

キンタ
キンイチ

たしかに・・。

 

定年で引退しないなら、働き続ける以外に道はないと思い込んでいましたから。失業保険がもらえるなら、その間にじっくり次の職場を探すというのもアリということですね。

FPハマヲ
FPハマヲ

はい。選択肢は意外と多いのです。そしてその選択に必要なのは、まずいろいろなことを知ることなのです。

キンタ
キンイチ

なるほど・・。あなたがお金の専門家だというのもまんざら嘘ではないようですね。

FPハマヲ
FPハマヲ

信じていただけて何よりですな。で、つまりあなたの今一番の悩みは定年退職後の働き方ですな。

キンタ
キンイチ

えぇ、悩んでいるのは、再雇用と再就職のどちらが良いか?ということだったんですが・・今の話を聞いて悩みがドッと増えた感じです。失業保険とか給付金とか税金とか、考えなきゃならないことが一気に増えた気がして。

FPハマヲ
FPハマヲ

そうですな。収入を得る方法や社会保障の制度、税金をはじめとしたさまざまなルール。それから理想の働き方や生活のスタイルなど、実に多くの要素を考慮したうえで総合的に判断する必要があるのです。

 

キンタ
キンタ

あー、なんだかとても難しそうだ。いろいろと調べるのも大変そうだし・・

FPハマヲ
FPハマヲ

こう考えてはいかがでしょう。定年を機にあなたは旅に出るのです。理想の生き方を求めて未知の世界に挑む冒険の旅です。

キンタ
キンタ

冒険?私はもう還暦ですよ、この歳で冒険なんて・・。これからはただ平穏に暮らせればと・・

FPハマヲ
FPハマヲ

平穏ですか・・今は人生100年時代です。まだまだ長いこれからの時間を平穏に暮らせる自信がありますか?もしそうなら今あなたはこんなに悩んではいないはずですが。

キンタ
キンタ

・・たしかに。あれやこれや不安なことばかりです。でもいきなり冒険の旅といわれても、いったい私はどうすれば?

FPハマヲ
FPハマヲ

旅には必要な装備というものがります。この場合の装備とはズバリ知識です。まずは知ることからすべてが始まるのです。

キンタ
キンイチ

知識ですか・・それは分かりますが何から始めればいいのか・・

 

あ、そういえばさっき無料で相談にのるとか言ってましたよね。こうなったのはそもそもあなたのせいだし・私の定年退職にまつわる悩み、全部解決してもらいましょうか。

FPハマヲ
FPハマヲ

それは言いがかりというものでは・・・

キンタ
キンイチ

あー、じゃさっきのは嘘だったんですね。やっぱりあなたはサ・ギ・シなんだ。

FPハマヲ
FPハマヲ

まいりましたな・・まぁでも仕方ありません。乗りかかった船ということで無料で相談に乗りましょう。ただし、条件がひとつあるのですが。

ハマヲはファイルから別の用紙を取り出した。

【極秘プロジェクト・メンバー募集中!】

人生100年時代!あなたの人生はまだまだこれから!

さあ、お金の悩みを解決して人生大逆転といきましょう!

有能なファイナンシャルプランナーがあなたを全力で応援します!

《応募条件》

●年齢:55歳~65歳(あくまでも目安です・応相談)
●まじめで勤勉な方
●人生が思うようにいってない方
●これからの生活に不安を感じている方
●お金さえあれば・・と思っている方

ご応募お待ちしております!

詳細は下記までお問い合わせください。

しばはまFP事務所

電話:000-000-0000  メール:xxxxxx@gmail.com

FPハマヲ
FPハマヲ

実は私いま大きなプロジェクトを構想中でして、メンバーを集めているところなんですわ。ぜひあなたにそのメンバーに加わってもらいたい。

キンタ
キンイチ

怪しい!

 

怪しすぎますよこれは。典型的な詐欺広告じゃないですか。

 

こんなので人が集まると思ってるんですか?

FPハマヲ
FPハマヲ

そうですか?でも詐欺じゃありませんからご安心を。決して悪いことを企てているわけではありませんし、メンバーといっても特に任務も責任もありません。もちろん会費なんか要りません。

キンタ
キンイチ

ますます怪しいですね・・どういうことですか?そもそも極秘プロジェクト・・って?

FPハマヲ
FPハマヲ

いや~、実は極秘というわけでもないんです。この方がインパクトがあると思って・・。

キンタ
キンタ

やれやれ、そのインパクトは逆効果でしょうね。いったいそのプロジェクトの目的はなんなんですか?

FPハマヲ
FPハマヲ

はい、それについては長いお話になります・・、あっ!いけない!私これから約束がありまして、それで急いでいたんでした。どうでしょう?詳しい話は明日にでも私の事務所でじっくりと、ということでは?

キンタ
キンイチ

分かりました。では明日、連絡を入れてから事務所へ伺います。あ、でもまさか事務所に入った途端に怖いお兄さんに囲まれて・・なんてことはないでしょうね。

FPハマヲ
FPハマヲ

まさか。でもタイミングが合えばご紹介したい人がいます。その方もプロジェクトのメンバーなんです。怖いお兄さんではなくて素敵なご婦人ですからご安心を。

キンタ
キンイチ

素敵なご婦人って、それはそれで怪しい感じが・・まあいいでしょう。明日ご連絡します。

FPハマヲ
FPハマヲ

では明日あらためて・・しかしこれは、あなたと私の運命的な出会いになりそうですな。あの身投げしようとした文七と彼を助けた左官職人の長兵衛も結果的には生涯の付き合いになりましたからな。そもそも文七がなぜ身投げをしようとしたかというと・・

キンタ
キンタ

あの・・急いでいるのでは?落語の話もまた今度伺いますから。

FPハマヲ
FPハマヲ

はっ!そうでした。ではまた、御免!

あわてて走り去るハマヲの後姿を見送り、キンイチは帰路についた。橋の上に吹く風が心なしか清々しく感じられた。

次回・第2話「終わりなき借金哀歌」につづく

 

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