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《第12話 知識の両輪》
努力は必ず報われる・・
だとしたら話はとてもシンプルだ。
頑張った分だけ人は得るものが多く、
頑張らなかった人は、「まあ、そりゃそうだ」とあきらめもつくだろう。
ところが人生はそんな単純なものではない。
まじめで勉強家、仕事熱心でサボる気などさらさらない。
自分を向上させる方法や他人とうまくかかわる方法、そしてお金持ちになる方法。
本を読み漁り、セミナーにも参加した。しかし・・・
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書店から仕事場である自分の営む雑貨店に急いで戻りながら、サトルは心の底の方に希望が湧いているのを感じていた。

自己啓発本もビジネス書も決して意味がないわけではありません。カチッとした知識と合わせれば、これからの人生に役立つものになるはずです。

カチッとした知識か・・、確かに自分に足りてないのはそれなんだろう。
ついさっき書店で出会ったひとりのFPの言葉に彼は大きなヒントを得た実感があったのだ。
サトルは今年で60歳。カフェスペースを併設した小さな雑貨店を営んでいる。
若いころから本が好きで、とくにビジネス書や自己啓発本を読み漁った。
そこに書かれていたのは、「努力すれば人生は変えられる」「夢は必ず実現する」という眩しい言葉たち。若い彼には、その言葉が何よりの希望だった。
30歳の時に会社を辞めて独立を決意する。退職金を元手に小さな雑貨店を開き、妻とふたりで必死に働いた。

将来この店は人に任せ、広くチェーン展開。そして自分は若くして名の知れた実業家に・・
そう描いた未来は、まぶしいほどに輝いて見えたのだ。
しかし現実は甘くなかった。景気の大きな波、ECサイトの急成長や増える競合。
なんとか持ちこたえるのが精いっぱいの日々。いつも資金繰りに追われ、頭の中はお金の心配ばかりだった。
結局、60歳を迎えた今も店は一軒のみ。貯金ほとんどなく、自営業者になって以来、国民年金の未納も多いため受給見込み額はさみしいばかり。
妻は口にこそ出さないものの、老後の不安に悩んでいる様子である。欲しかった子供がたまたまできなかったことも、今となってはささやかな安心材料になり、なんとも皮肉な話である。

自信満々に「幸せにする」なんて言った自分と今の状態の落差にホント情けなくなる。このまま負け組のままで終わってしまうのか・・
そんな時出会ったのがファイナンシャルプランナーの芝ハマヲである。
サトルが考えに行き詰ったときに訪れる書店のこのコーナーには、人生を好転させる気づきやビジネスをガラッと変えるヒントがあふれている。
しかし、サトル自身もそれが何の解決にもならないことはじゅうぶんわかっていた。
だからこそハマヲの言葉が彼には痛く刺さったのだ。

どうやら今のあなたは「学びのフワッと沼」にはまってしまっているようですな。
今まで自分が学びの中で身につけたものからは、具体的な税制や年金、補助金や法律上の権利といった現実的な知識がすっぽり抜け落ちていたのだ。
それがハマヲ言っていた「カチッとした知識」なのだろう。
ハマヲと出会ったその日から、店の営業が終わると彼は机に向かい、厚生労働省のサイトや社会保障や税金、補助金に関するネット上の情報を読み漁った。

今からでは遅すぎるかもしれないけど、足りなかった知識がなんなのかわかったら、なんだか元気が湧いてきた。
若いころの情熱がよみがえり、学ぶこと自体は楽しかったが、知識が増えるほど迷いも増えた。

社会保険の重要性はわかったが、今からできることは?いろいろな補助金の制度はあるが、自分の店の規模で申請できるのか?
再び壁にぶつかってしまったサトルは、あの時ハマヲに手渡されたチラシのことを思い出した。
《極秘プロジェクト・メンバー募集中!》のあのチラシは、妻に見せたとたんに「怪しい!」と一蹴されて引き出しにしまったままだった。

これに参加していただければご相談は無料ということにできますが。
あの言葉を思い出すと同時に、サトルはダイヤルを回していた。

あ、もしもし、あの、私このまえ本屋でお会いしたものなんですが、あの、プロジェクトのチラシをいただいた・・

あー、その節はどうも。いやー、あの時はてっきり店員さんだと思い込んでしまって、ほんとに失礼いたしました。あのあと本物の店員さんに聞きまして、探していた落語の本が見つかりまた。いやー、しかし店員さんというのはさすがですな。あれだけの数の本の中から一冊をすぐに見つけられるんですから。いや、本屋だけではないですな。スーパーでもホームセンターでもたいていのものは店員さんに聞けばすぐに見つかります。ただ問題は、その店員さんを見つけるのが一苦労というあたりですかな。店員さんを見つけないことには、その能力の恩恵にあずかれないわけですから・・、、あ、申し訳ない。余計なことをぺれぺらとしゃべりすぎましたな。ということですのでもう本は見つかりましたのでご心配はご無用です。

あ、はい。ええと、お電話したのは本のことではなくて、その、プロジェクト募集のチラシのことなんですが・・

え?あ、やはりそうでしょうな。やはり奥様と喧嘩になりましたかな?

え?どうしてそんな・・、確かに妻には怪しいと一蹴されました。でも私自身も怪しいと思ってましたので喧嘩にはなりませんでしたよ。

それは何よりでしたな。いや、あの時は奥様もご一緒になんて言っておきながら、揉め事のタネにならないかと少し不安になりまして・・、やはりパートナーブロックというのは人類永遠のテーマですな。

パートナーブロック?・・ああ、嫁ブロックとか夫ブロックっていうやつですよね。前に何かの本で読んだことがあります。
《パートナーブロックとは》
「嫁ブロック」や「夫ブロック」という方が一般的。
特に転職活動中の既婚者が、配偶者(妻や夫)から反対されて内定を辞退したり、転職自体を断念したりすることを指す言葉。
転職に限らず、配偶者の新しい試みは簡単には受け入れられず、揉め事の原因になることが多い。
これは主に、環境の変化によって家庭の経済状況やライフスタイルに影響が出ることを懸念することによります。
人間は本能的に変化を嫌い、現状維持を好む生き物なので、安定した生活が壊れるかもしれないという不安が「ブロック」の背景にあるのでしょう。

夫婦はいわば運命共同体ですからな。相手の変化はそのまま自分の変化に直結するわけですから、当然といえば当然です。

ええ、私もその辺のことは心得てますから、自分の考えを押し付けるようなことはしませんし・・、というか、実は私もあのチラシは引き出しにしまったまますっかり忘れてたくらいです。

はあ、それはそれで複雑な気持ちになりますが・・、あら?でも先ほどチラシのことで連絡くださったと・・

ええ、チラシのことは別にして、あの時伺ったお話はすごく刺激になりまして、あれからずっと自分に足りない知識について勉強してるんです。
サトルは社会保障制度や事業用の補助金、税制などについて勉強していること。そして知識はついてきたものの、いざ自分の暮らしや商売に活かすとなるとどうしたらいいか分からないことを話した。

なるほど。それで、あのチラシのことを思い出したわけですな。プロジェクトに参加して、その辺のことを私に相談しようと・・

え、ええ、なかなかお察しがいいですね。・・ちょっとムシが良すぎますかね。

いえいえ、そんなことはありません。あなたはきっと、かなり「いい人」なんでしょうな。まじめで勉強家で善人。それは素晴らしいことですが、それは人生において必ずしも良い結果につながらない。

ええ、はい。心当たりが山ほどあります。商売にしても、それ以外でも。それはわかってるんですが・・

それは仕方ありませんな。人間はそう簡単に変われるものではありません。それに、無理に変わる必要もないと思います。あなたはあなたのままで、変えるべきことは他にもあるはずです。

そうなんです。勉強していろいろ分かったこともあります。例えば・・
「年金」については、受給額の増額方法がいくつかあること。
「民間の生命保険や医療保険」については、高額療養費制度を念頭に見直す必要があること。
傷病手当金の補償がない国民健康保険加入の自営業者は「民間の休業補償保険」を検討する必要があること。

ほー、よく勉強されましたな。この短期間でなかなかのもんです。

いえいえ、まだまだ分からないことだらけです。例えば・・
「投資」についてはNISAとかiDeCoとかについて調べてみたものの、いまひとつピンと来ない。しかもこの年齢からでは手遅れか?
住民税や健康保険料の「減免措置」については、基準がよくわからず自分が対象になるかかどうか?
自営業者向けの「補助金制度」がいろいろあるが、自分の店でも申請できるものはあるのか?

なるほど。「投資」については、手遅れではないが注意は必要。「減免措置」については所得によっては対象になるが自治体により条件が違うので要確認。「補助金」については、例えば「小規模事業者持続化補助金」あたりが使える可能性がありますが・・

あの!あ、すみません。そういったお話を聞いちゃっていいんですかね?無料で。

え?あ、そういえばそうですな。・・やはりあなたはまじめでいい人ですな。

あー、何となく申し訳なくて・・。ですからあのプロジェクトに参加して堂々と相談に乗ってもらおうかと。

分かりました。実はちょうど明日の午後、プロジェクトの説明会をやることになってまして。お店のこともあるでしょうから、ご都合が悪ければほかの日でも・・

ぜひ伺います!店は妻に任せれば大丈夫ですから。

大丈夫ですか?奥様と喧嘩になってもいけませんし・・
サトルはこれがまたとないチャンスだと確信していた。
今までずっと頑張ってきた。まじめに勉強し、必死で働き、負けそうになる自分を鼓舞して。
妻にも苦労や心配をかけ、贅沢もさせてやれず、これから先の見通しもたてられていない。
このまま自分の人生は終わってしまうのか・・負け組のまま。

大丈夫です!妻もきっとわかってくれるはずです。

分かりました。では明日お待ちしています。くれぐれも無理はなさいませんように。
サトルは電話を切り深く深呼吸をした。
今までの努力や学びは決して無駄ではない。すっぽりと抜け落ちていたものを学びなおすことで未来は切り開ける。
ただ不安に怯えて生きる老後など受け入れられるはずもない。
60歳の今だからこそできる挑戦がきっとある。
妻の反対を想像すると一瞬暗い気持ちがよぎったが、サトルには確信があった。
まずはささやかでも結果を出すことだ。そうすればいつかは信じてもらえる。
今回のピックアップキーワードは「高額療養費制度」です。
こちらの記事で詳しく解説➡「高額療養費制度を知れば、医療保険は最小限でいい?還暦から考える保険の見直し術」
次回・第13話 「脱多重債務計画 レイコ、プライドの壁を知る!」につづく
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