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《第11話 知識は決断と行動の素》
「男だから」とか、「女というのは」とか言うとめんどうなことに巻き込まれる世の中である。
もちろん性別による差別はあってはいけないが、男と女では明らかな違いがあることはだれにも否定ができない。
だから多くのスポーツ競技で男子と女子は分かれているし、参加できない種目だってある。
そもそも男はどう頑張っても子供を産むことができないのだ。
こういった身体的な機能にまつわることは比較的話が速いのだが、逆に断定的に言うのをためらってしまうテーマが数多く存在する。
「女性は決断が速い」「女性は切り替えが早い」「女性は行動が速い」
科学的な根拠はないかもしれない。でも体験的にそう感じている人は多いのではないだろうか。
もちろんすべてのことに例外はあり、程度もさまざまだろう。
しかしここにいるひとりの女性に限っていえば、間違いなくそのイメージどおりの人物なのだ。
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蛍の光が静かに流れる閉店間際のスーパーのレジ。
ユウコは半額に値下げされた竹輪の礒辺揚げの会計を済ませながら考えていた。

このスッキリとした気持ちは何なのだろう?モヤモヤが晴れて体の底から力が湧いてくるような・・
60歳を目前に夫との離婚を決めて以来、実家に戻り母親とふたりで暮らしている。
家賃や当面の生活費には困らないが、今は人生100年時代。まだまだ続く将来の暮らしに漠然とした不安を感じていた彼女にとって、今日は特別な日になったようだ。

これはきっとまたとないチャンスだわ。ぜったいに逃しちゃいけないのよ。
母と夕食を済ませ片付けが終わると、ユウコはさっきスーパーで受け取った名刺とチラシを見ながらそうつぶやいていた。

離婚も介護も結局のところお金の問題なのです。
離婚時の年金分割や介護保険制度。わずか数分の会話の中で、自分が抱えている悩みについて的確なアドバイスをくれたFPとの出会いが、運命的なものだということに彼女は確信を持ったのである。

確かにあのチラシは怪しさ満点だったけど、でも私は自分の直感を信じるわ。明日さっそく連絡してみよう。
結婚してから30年以上、彼女は夫に頼り切って生活をしていた。それは経済的な意味だけでなく、あらゆることで最終決定を夫に委ねていたのである。
といってもそれは自分の意見を抑えて我慢をしていたというようなものではなく、ただ単にその方が楽だったからなのだ。

夫のことは基本的に信頼していたし、まかせておけばたいていのことはよい結果を生んでいた。だからそれでいいと思いながら過ごしてきたけど・・
彼女の中には、自分でも気がつかないうちに何か良くないものが溜まっていったのかもしれない。
そしてひとり息子が社会人になり母親としての役割に区切りがついたとき、彼女の中で何かが音を立てた。

夫には何の不満もない。家族3人が生活するのにじゅうぶんなお金を稼いでくれたし、息子と過ごす時間もそれなりに大切にしてくれた。そう、これは私自身の問題なの。
彼女は夫に自分の思いを打ち明けたが、自分自身でもちゃんと理解できていない心情を相手に正確に伝えることは難しく、混沌とした会話に終始した。
夫の方はもちろん納得したわけではないが、最終的には離婚を前提にした別居に同意してくれたのだ。
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あ、もしもし、あのー私、昨日スーパーでお話ししたものなんですが、憶えていらっしゃいますか?えっと、お総菜売り場の・・

あー、憶えてますとも。あなたのおかげでイカリングもタコのから揚げも買いそびれてしまって。

あ、その節は申し訳ありませんでし・・

いやー、おかげで助かりましたよ。あの時しかたなく買った竹輪の磯辺揚げのうまいことうまいこと・・。しかし竹輪というのは優れた食材ですなー。煮物によし焼いてよし、ああやって揚げてもうまい。そのままわさび醤油でもいけますからなー。それなのに安い。3本入りで100円くらいで買えるなんて、今どきそんな食材ほかにはありません。そう思いませんかな?

あ、え、ええ・・そうですね。私も同じものを買いまして・・とてもおいしかったです。

なんと、あなたも買われたんですか。気が合いますなー・・、あ、今日はそのことでお電話をくださったと?

・・・、いえいえ、そういうことではなくて、昨日いただいたチラシのことなんですが。極秘プロジェクトの。

あー、やはりそうでしょうな。昨日はああおっしゃってましたが、やはりあのチラシは怪しすぎますな。でも決して私は怪しいものではありませんしプロジェクトの方も決して・・

あ、あのっ!昨日も言いましたけど、チラシの怪しさはともかくとして、私はあなたのことを信じると決めましたので、それで・・、ああ、とにかく今日これからそちらに伺ってもよろしいでしょうか?

え?あ、それはもちろん。ぜひ。お待ちしておりますので。
わずか数分間の会話だったが、ユウコはかなり体力を消耗した感じだ。ソファに腰を下ろすと急な眠気に襲われたが、気を取り直して急いで家を出た。
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名刺の住所を頼りに大通りから細い路地に入る。
昼間でも一人で歩くには緊張感を感じるような怪しげな通りだ。

『落語cafe・SIBAHAMA』?あ、ここみたいね。
『しばはまFP事務所にご用の方は店内の階段より地下1階においで下さい』という張り紙にユウコは確信を持った。

こんなわかりづらい場所で仕事になるのかしら?それにこの怪しげな店構えのカフェの中に事務所があるなんて・・
年季の入った重そうな木製のドア。うす汚れた窓ガラス。目に入る範囲にメニューや営業案内の類の表示はなく、店が営業しているかどうかもわからない。

スタッフ募集・・か。ということは営業はしているのね。
そんなことを考えながら恐る恐るドアを開ける自分の行動にユウコは驚きを感じていた。これまでの自分ならたぶん思い直して家に帰っていただろう。
不安な気持ちを吹き消すような好奇心に後押しされて店に入ったユウコは、カウンターの中の見覚えのある男の姿にホット息をついた。

いやー、ようこそいらっしゃいました。どうぞどうぞ。先ほどのお電話ではわけのわからないお話になってしまって・・。

いえいえ、こちらこそ昨日の今日でいきなり押しかけてしまって。

まあどうぞ、立ち話もなんですから、こちらにおかけになってください。いやね、事務所はこの地下にあるんですが、店をまかせていた人が急にやめてしまったもので。まあ、ほとんどお客さんは来ないんですが、事情があって閉めるわけにもいかなくて。

ずいぶん古い・・というか、味のある感じのお店ですね。

ええ、ここは亡くなった叔父の店だったんです。閉められない事情というのも、その、叔父との約束やらなにやらありまして・・まあ、この話は長くなりますので・・。

そうなんですね。いろいろご事情が・・、では今はこのお店をやりながらFPのお仕事をされてるんですか?

まあ、人が見つかるまでは仕方ありませんので。それに今は例のプロジェクトの準備もありまして、コンサルの仕事は受けていませんので、それほど支障はないのです。

あ、そうです!そのことで急いでこちらに伺ったんです。昨日も言いましたけど私をこのプロジェクトにぜひ参加させてください!

あ、はあ、それはもちろん大歓迎なのですが、昨日も言いましたが、あのチラシを見て即決する方は初めてでしたので、こちらの方が戸惑ってしまいました。

人生大逆転っていう言葉にビビッと来たんです。これだっていう感じで。

なかなか決断と行動の早い方なんですな。

そんなことはないんです。昨日も少しお話ししましたよね。30年以上の結婚生活の間、何を決めるにしても夫まかせでした。意見を求められても、まかせるから決めて・・っていう感じで。長いことそんな風にしていたせいもあってか、私には決断力みたいなものが無くなってしまったんです。だから自分を変えるまたとないチャンスだなって・・。

そうでしたか・・、でも私は、あなたに足りなかったものは決断力ではなく「知識」だと思います。

知識・・ですか?

想像してみてください。あなたは分かれ道を前にどちらに進むべきか迷っている。それはこの先がどうなっているかわからないからですな。でもどうでしょう?右側へ進めばその先は崖で行き止まり。左の道は目的地に続いている。どちらを選びますかな?

それはもちろん左ですね。考えるまでもありません。

そのとおり。で、今の選択に決断力は必要でしたかな?・・つまりそういうことです。

なるほど、知識があれば選択に決断力はいらないわけですね。・・でも実際には、私たちは知識のない種類のことで選択を迫られたりするじゃないですか。

おっしゃるとおり。では先ほどの分かれ道に戻りましょう。どちらが目的地へ進む道かあなたは知らない。しかしあなたはスマホを持っていて地図のアプリが入っている。どうですかな?

えー、そんなのアリなんですか?

もちろんアリなんです。いま私たちはそういう世界で生きていますからな。時代の恩恵です。ありがたく受け取ればいいのです。
ユウコはハマヲの言ったことをしばらく考えていた。
自分に足りないのは決断力ではなかったのかもしれない。夫に頼り切って生きている間に私が失ったものは知識を得る努力や執着だったのだ。
もちろん、興味のあることについては積極的に調べることはあった。でもそれ以外のことは夫の意見に従う方が楽で早かった。

先生!私は決めました

せ、先生?

私、FPになります!先生のようにいろんな知識を身につけて自分の進む道は自分で選べるようになりたいんです!

あー、まあそれは素晴らしい心がけだとは思いますが、FPになる必要は・・

いえ、もう決めました。先生の弟子にしてください!

弟子?あの、FPというのは徒弟制度でなるものではなくて・・落語家ではないですからな。

えー?そうなんですか?じゃあ、どうすれば落語家・・じゃなくて、FPになれるんですか?

ユウコさん、先ほどの話をお忘れですかな?
そういうとハマヲはユウコの手元にあるスマホを指さした。ユウコは意味を悟ったように検索を始めた。
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ユウコは時間をかけて調べた内容を持っていた手帳にメモした。その表情はとても真剣で、希望に満ちていた。

先生!だいたいのことはわかりました。
ユウコはメモの内容を読み上げた。
《FPになるには?》
- FPには国家資格の「FP技能士(3級・2級・1級)」と、民間資格の「AFP・CFP」がある。
- どれも通信講座や独学で取得可能。
- 特に3級は基本的なお金の知識を学びながら取れる初心者向け。
- 2級に進めば実務でも使えるレベル。
- 資格を持っているからといって収入に直結はしない。
- 保険・不動産・金融業界への就職には有効。
- 実務経験を積みコミュニケーション力を鍛えれば独立も視野に入る。
- コンサルや講師として生計を立てることも可能。

先生、わかりました!私も資格を取ってFPになります!

まあ、その意気込みはけっこうなことです。ただひとつ、意外と知られていないことがあるのです。それは、FPには独占業務がないということです。

独占業務って?・・あ。
ユウコはまたスマホを手にした。
《独占業務とは?》
特定の資格やライセンスを持つ専門家のみが行える業務。
たとえば・・
- 税理士:確定申告や税務署とのやりとり、税務書類の作成を代理で行う。
- 社会保険労務士(社労士):労働・社会保険の手続き代行や雇用保険・健康保険・年金などの申請書作成と提出。
- 宅地建物取引士(宅建士):重要事項の説明や押印、契約書への記名や押印。
- 弁護士:裁判所での代理や法律相談。
など。

はい。それらの資格は、専門性の高い独占業務があって、他の職業と明確に区別されているのです。それぞれの資格を持っている人にしかできない業務があるというわけです。

FPにはその独占業務がないというわけですね。・・ん?それはつまりFPの資格を取ったとしても何か特別なことができるわけではないと?

そういうことですな。そして言い方を変えれば、FPにできることは誰にでもできるということにもなります。

誰にでもできる・・ん?ということは・・

先ほどの「どうすればFPになれるか?」というご質問の答えは「私はFPです!と言えばなれる」です。

え〜、それじゃ資格の意味がないじゃないですか。

ある意味ではそうですな。もちろん資格があれば就職には有利ですし、相談に乗る場合も信頼感は得られます。ただユウコさんの場合は、ご自身のための知識として学びたいということなので、必ずしも資格は必要ないという意味です。

なるほど、それはわかります。・・でもやはり資格試験にチャレンジしたいと思います。その方がモチベーション上がるので。あ、思い切って1級に挑戦しようかしら。

あ~、それは無理ですな。保険会社や金融機関での実務経験がない場合、受けられるのは3級からなんです。

あ、そうなんですね。残念・・。

まあ、自分の生活に役立つお金の知識としたら、3級の勉強でもじゅうぶん意味がありますので、まずはそこから始めてみるのもいいかと。

そうですね。では師匠!今日から弟子入りさせていただきますのでよろしくお願いします。

はっ?ですから弟子とか師匠とかいう制度はなくて・・

あ、わかりました。では無料相談をお願いします。昨日スーパーでおっしゃってたとおり、このプロジェクトに参加すればいいんですよね?

あ、まあそういうことでしたら、お約束は守らなければなりませんので。

よろしくお願いします!・・あ、それと、お店のスタッフ募集のことなんですけど、私じゃダメでしょうか?

え?ああ、そういえば昨日、お仕事を探していると・・、それでお総菜売り場で求人の張り紙を見ておられたんでしたな。

そうなんです。自立への一歩はまず働くことだと思いますから。

わかりました。働いていただけるならこちらは大助かりですので、採用ということで。

ありがとうございます!よろしくお願いします!
こうして極秘プロジェクトの参加者第1号と落語カフェ・SIBAHAMAのスタッフが一度に決まったのでした。
薄暗い店内にどこからか光が差し、淀んでいた空気が流れ始める気配があった。
次回・第12話 「知識の両輪 サトル、無知の知を悟る!」につづく
今回のピックアップキーワードは「FPになる方法」です。
こちらの記事で詳しく解説➡「定年後の再就職を有利にする国家資格3選!異業種へ挑戦する還暦世代必見!」
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