《第6話 人生大逆転の必須アイテム》秘密のアジトに集結せよ!【第1章 秘密結社誕生】

【連載小説】還暦リベンジャーズ!~お金の劣等生たちのマネーリテラシー物語~

この世界にはさまざまな集団が存在する。

世のため人のため、自分の貴重な時間や労力を割いて、少しでもよい社会を作るために務める者たち。

逆に世の中を暗黒と化してまで、誰かの大切なものを奪い、己の利益のみをむさぼる輩も存在する。

それらの集団は、目的の違いはあるにせよ、同じ意思を持った者たちがある場所に集うこととなる。

時にはひとりのリーダーの求心力によって、あるいは自然発生的な現象として。

そして今この場所にも、それぞれ境遇や思いの違う者たちが、奇跡的な縁に導かれ集結しようとしていた。

☆  ☆  ☆

交通量の多い大通りから細い路地に入る。

雑居ビルの裏口のドアの脇には簡易喫煙所としての吸い殻入れが置かれ、飲食店の勝手口にはビールケースが積まれている。昼間でも一人で歩くには微かな緊張感を感じざる負えない。

その中に一際目を引く看板がある。

『落語cafe・SIBAHAMA』

年季の入った重そうな木製のドア。

その脇の小さな窓ガラスは、長い年月の劣化によるキズと汚れで透明度を失い、店内の様子を測り知ることはできない。

目に入る範囲にメニューや営業案内の類の表示はなく、店が営業しているか否かの判断材料はゼロに等しい。

そのかわりに、という表現が適切かどうかわからないが、扉の脇に小さな貼り紙がある。

『しばはまFP事務所にご用の方は店内の階段より地下1階においで下さい』

おそらくほとんどの人が気づくことのない小さな貼り紙である。

今、ひとりの男が疑念に満ちた面持ちで重厚さを讃える扉の前で、いや、そのささやかな貼り紙の前で立ち尽くしている。

 

その男の名は、長居キンイチ。あと一年で定年を迎えるごく普通の会社員である。

数日前、橋の上で川面を眺めて考え事をしていた彼を、身投げをしようとしていると勘違いした男がいた。

ファイナンシャルプランナーの芝ハマヲである。

FPハマヲ
FPハマヲ

お若いの!はやまっちゃいけねー!

勢いよく迫ってきたその男と一悶着あったものの最終的には打ち解け、その時に手渡された名刺の住所を頼りにここに辿り着いたのだ。

キンタ
キンイチ

落語・・カフェ・・か。なるほど、あの時も確かやたらと落語のこと言ってたな。

出会い方こそ変わってはいたが、定年退職後の働き方に悩んでいたキンイチの心情にピタリと来るアドバイスをくれたその男に不思議な信頼感を覚え、その翌日、もらった名刺の電話番号をダイヤルしたのだ。

キンタ
キンイチ

もしもし、あの、昨日橋の所でお目にかかった者で、長居キンイチともうしま・・

FPハマヲ
FPハマヲ

あー、昨日はとんだ勘違いで失礼いたしましたー。私はてっきりあなたが川に飛び込もうとしているのかと、ほら、あの時ちょうど文七が橋の欄干に手をかけて・・、あ、これはまたすみません・・ついつい落語の話になってしまって。で、今日はどのようなお話で・・

キンタ
キンイチ

あの、もしかしてお忘れですか?例の極秘プロジェクトのことなんですが・・

FPハマヲ
FPハマヲ

もちろん憶えていますとも。我が事務職の運命をかけた一大プロジェクトですので。メンバーの団結式を控えて大いに盛り上がっているところで。

キンタ
キンイチ

団結式?はぁ、それはなんとも勢いのある感じで・・

FPハマヲ
FPハマヲ

何を他人事みたいに。あなたもメンバーのひとりなんですから。

キンタ
キンイチ

えっ?ちょっと待ってください!私はまだ参加するとは言ってないですよね。とりあえず一度そちらの事務所に伺うと言っただけで。

FPハマヲ
FPハマヲ

あらら、そうでしたか・・。これはまた私の早とちりでしたかな?
重ね重ねの失礼をお許しください。

キンタ
キンイチ

ほんとに勘違いの多い方ですね。でもなんか、ほんとにあなたは憎めないというか何というか・・。

電話でのそんなやり取りの末、結局次の土曜日に『しばはまFP事務所」を訪問することとなったのだ。

ハマヲの話では、その日にプロジェクトの説明会が予定されているとのことだった。

しかしキンイチはまだ迷っている。やはり・・怪しい。ここまできてしまったが、引き返した方がいいのかも・・。

そんなことを考えながら立ち尽くしていると、人の気配に気づいた。

レイコ
レイコ

あのー、もしかしてFPの芝ハマヲさんの所に来たんですか?

50歳くらいの女性だ。長い髪を後ろで束ねたキリッとした顔立ちの美人。

キンタ
キンイチ

えっ?ええ、あ、はい。

レイコ
レイコ

あー、よかった。やっぱりちょっと入りづらいですよね、ここ。実は私もさっき一度ここまで来たんですけど、なんか入れなくて。

彼女もどうしようかと迷いながら辺りを歩いたあと、意を決して戻ったところで、店の前で考え込んでいるキンイチをみつけたのだった。

キンタ
キンイチ

やはりそうですよね。ちょっと勇気が要りますね、この店構えは。しかもその中から地下に降りるとなると・・。それにあのチラシ・・あ、あなたも例のプロジェクトの説明会に?

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レイコ
レイコ

ええ、あの超怪しいメンバー募集のやつです。でもなんかあの人、悪い人には思えないっていうか、信用したくなっちゃったんですよね・・どうしましょうか?入ってみます?

キンタ
キンイチ

んー、せっかくここまで来たんですし、まぁ、とって食われるわけでもないでしょうから。

レイコ
レイコ

そうですね。ふたりなら心強いですし。

ふたりは意を決したようにうなずいた。

キンイチが扉の取っ手を手前に引くと、カランカラン・・という渇いたドアチャイムが頭の上の方で鳴り、同時にコーヒーの香りが漂った。

「いらっしゃいませ。おふたりさまですか?」

ごく当たり前の言葉なのに、優しそうなショートヘアの女性の明るく爽やかなその声と、どこか謎めいた店の佇まいのミスマッチになんとも言えない違和感が漂った。

キンタ
キンイチ

あ、いえ、FP事務所のほうに伺ったんですが・・

店員の女性はにこやかにうなずくと、地下に降りる階段のところまで案内してくれた。

「ハマヲ先生が下でお待ちです」

ふたりは彼女にお礼を言って階段を降りた。

少し幅の狭いその階段の踏み板は時々きしんだ音を立て、建物の古さを感じさせる。10数段ほど降りたところにやはり幅の狭い木のドアがあり、事務所の名前を刻んだプレートがかかっていた。

キンイチがノックすると元気な声が返ってきた。

「どうぞどうぞー」

ドアの向こうにはハマヲともうひとりの男性がいて、大ぶりのソファから立ち上がってふたりを出迎えた。

FPハマヲ
FPハマヲ

いやー、どうもようこそおいでくださいました。あ、もしかしておふたりはお知り合いでしたかな?

キンタ
キンイチ

いえいえ、ちょうど店の前で一緒になりまして。

レイコ
レイコ

ええ、その・・私、入るのをちょっと躊躇してこの辺りをうろうろしていたところでこちらの方に、会いましたので、それでなんとか・・

ケンタロウ
ケンタロウ

ですよねー。さっき私もどうしようかと扉の前で考えてまして、そしたら上のカフェの女性が買い物か何かから戻ってきて、それで入れたんです・・あ、申し遅れました、私は大久保ケンタロウといいます。

キンタ
キンイチ

あ、私は長居キンイチと申します。

レイコ
レイコ

私、竹藤レイコです。よろしくお願いします。

3人の簡単な自己紹介が済んだところで、ハマヲかソファにかけるように促した。

FPハマヲ
FPハマヲ

まあ、詳しいご紹介はメンバー全員が揃ったところであらためてということで、しばしご歓談という形で。

キンタ
キンイチ

あの、もう一度確認なんですが、私はまだ例のプロジェクトに参加するとは言ってませんからね。

FPハマヲ
FPハマヲ

はは、ご心配なさるな。他のおふたりも同じですから。

レイコとケンタロウは大きく頷いた。

FPハマヲ
FPハマヲ

今の時点では、プロジェクトに興味はあるものの、まだ決心がついていないという意味で、みなさん同じ位置にいるわけですな。

キンタ
キンイチ

決心も何も・・、まだその極秘プロジェクトの内容すら聞いてないわけですから。

FPハマヲ
FPハマヲ

そうでしたな。では5人揃ったらプロジェクトの詳しい説明をすることにしましょう。

3人は顔を見合わせた。

ケンタロウ
ケンタロウ

5人・・というと、あとお二人これから来られるわけですね?

FPハマヲ
FPハマヲ

その通りです。プロジェクトのメンバー・・あ、いや、説明会参加者5人が本日ここに集結するというわけです。そしてその5人が・・

ハマヲがそう言いかけたところで階段を駆け降りる音がして、ドアが勢いよく開いた。

サトル
サトル

すいません、遅くなりました!もう始まってますか?説明会。

息を切らしているちょっとチャラい感じのその男は、書店でプロジェクトのチラシを受け取った妻津木サトルである。

FPハマヲ
FPハマヲ

いえいえ、みなさんちょうどお集まりになったところです。

サトル
サトル

よかったー・・、実は出掛けに妻と揉めてしまって。あのチラシをみせてから、怪しい宗教団体に騙されてるって思い込んでるもので。

それを聞いた3人が納得したようにうなずいているのを見てハマヲはわざとらしく咳払いをした。

FPハマヲ
FPハマヲ

では、奥様の誤解を解くためにもこの辺でプロジェクトの説明会を始めますかな。

キンタ
キンイチ

あれ、でもあとひとりの方がまだ来てませんが。

FPハマヲ
FPハマヲ

ああ、彼女ならもう来てますので、すぐに呼ぶとしましょう。

レイコ
レイコ

彼女・・ということは女性なんですね。よかった。男性ばかりかと思ったので。

ケンタロウ
ケンタロウ

もう来てるって、どういうことですか?

ハマヲがスマホを取り出して電話をかけ「そろそろお願いします」と言うと

まもなく階段を降りる足音がして、ドアが開いた。

入ってきたのは上のカフェの店員の女性だ。

ユウコ
ユウコ

みなさん、よろしくお願いします。別所寺ユウコと申します。

レイコ
レイコ

あなたはさっきの・・、カフェの方じゃなかったんですね。

ユウコ
ユウコ

一応店員ではあります。働き始めてまだ3日ですけどね。

FPハマヲ
FPハマヲ

彼女はプロジェクトメンバーの第一号ですな。参加を決めたついでに、訳あって上のカフェで働いてもらっております。

キンタ
キンイチ

念の為に伺いたいんですけど、まさかあのチラシをみて参加を決めたわけではないですよね?

ユウコ
ユウコ

チラシ・・あ~、あの怪しさ満載で詐欺の匂いがプンプンのあのチラシですね。そうです。あそこに書いてあった「人生大逆転」っていうところにビビッときたんです。

キンタ
キンイチ

ビビッと・・ですか。でもその・・怪しさは気になりませんでしたか?

ユウコ
ユウコ

あー、じつは私、いま夫と別居中なんです。離婚を前提に。それで、強くならなきゃって思うんです。結婚してから30年以上、大事なことは夫に決めてもらって私は何の判断も決断もしなかった。だからこれからは自分の感覚を信じてそれに従おうと思うんです。・・あ、すみません、答えになってないですね。

レイコ
レイコ

大丈夫。じゅうぶん答えになってます。考えてみれば私だって、怪しいと思いながらも結局ここまで来たわけですから、同じですよね。他のみなさんもきっとそうなんだと思います。

サトル
サトル

そうなんですよ。私の妻もハマヲ先生に直接会えばきっと信じたくなるような気がします。

キンタ
キンイチ

確かに、なぜか不思議と信用してしまう感じなんですよね。

ケンタロウ
ケンタロウ

世の中にはいい感じのキャッチコピーやうまい文章で巧妙に人を騙す奴らがあふれてますから、逆にああいう怪しいやつこそ信じるべきなのかも知れないですね。

ケンタロウの言葉にみんなクスッと笑い、和やかな空気が広がった。

FPハマヲ
FPハマヲ

何だかけなされてるのかほめられてるのかわかりませんな。まあ何にしても全員が揃ったところで、プロジェクトの説明会を始めるとしましょう。みなさんこちらのテーブルにお集まりください。

5人は大きなテーブルを囲むように椅子に座り、ハマヲはホワイトボードの前に立ち、咳払いをひとつした。

 

FPハマヲ
FPハマヲ

プロジェクトの説明を始める前に・・みなさん全員が参加にふさわしい人だということが分かって、大変感激しております。そしてこれはまさに奇跡といってよいでしょう。

キンタ
キンイチ

奇跡?・・っていうか、参加にふさわしいって、まだそんなことわかりませんよねぇ?

FPハマヲ
FPハマヲ

それがわかるんですな。考えてもみてください。自分で言うのもなんですが、あの募集のチラシはきわめて評判が悪い。あんなチラシは普通は信用せんのです。それなのにみなさんはそれを乗り越えて行動を起こした。

レイコ
レイコ

ん~、どういうことですか?

 

FPハマヲ
FPハマヲ

あのチラシにもあるように、このプロジェクトのテーマは「人生大逆転」です。世の中に自分の人生を変えたいと思っている人は大勢います。しかしたいていの人は何の行動も起こさないのです。

ケンタロウ
ケンタロウ

あっ、もしかして、そのためにわざとあんな怪しいチラシを作ったんですか?

FPハマヲ
FPハマヲ

え?あ、まあ、そういうことですな。

レイコ
レイコ

なんだか怪しいけど、まあ確かに自分でもけっこう思い切った感じはあります。

サトル
サトル

そうですね。私なんか妻の反対を押し切ってまで来たわけですし。

キンタ
キンイチ

私も久しぶりに自分の意志で動いた気がします。お恥ずかしいですが、仕事ではそんなことないですから。

ケンタロウ
ケンタロウ

どうやらみんな不思議と行動力が沸いた感じですね。

 

ユウコ
ユウコ

私はハマヲ先生に出会った日に即決でしたよ

レイコ
レイコ

それはちょっと無謀な感じですね。でもその行動力、見習いたいです。

その場の雰囲気がふわっと明るくなった。

FPハマヲ
FPハマヲ

それではそろそろ本題に入りますかな。まず初めに・・波平さんの年齢についてお話ししなければなりません。

5人の頭には大きなクエスチョンマークが浮かんだが、同時になんとも言えないワクワク感が広がった。

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